気がついたら大学を卒業して1年が過ぎていた
あっという間だ。年を重ねるほどに時間の流れは早くなるというけど、またさらに早くなった気がする。日頃は仕事に追われて、土日はひたすら次の平日に備えて休むしかない。どころか、最近はその休みさえも仕事に浸食されつつある。
1週間の仕事を切り上げてひさしぶりに一息ついた土曜日の夜。PCのなかのファイルを整理していたときに、大学の卒業論文を眺めてみた。
・・・読めないんだけど
読めないというか、読めるのに言っていることが分からない。
何で読めないんだろう。
しばらく読めない卒論を解読しながら原因を考えてみたけどたぶん
学問的体力が落ちてるんだ。。。
学問的体力って結局なにか
学問的体力は私の造語。平たくいうと
簡単に、読みやすく、分かりやすく書いた文章を読解し書くスキル
ではなくて
学問的価値、正しさ、論理性を最優先とし、誤謬、欠缺をできるだけ排すことを【読みやすさや文章の長さ、平易な言葉遣いより優先した】文章を読解し、書くするスキル
だと思っている.
ああ、自分はこの1年で著しく学問的体力が落ちたんだなあと激しく実感し、気がついたときからすごい虚無感とこれまでの学問的蓄積の徒労感を感じた。
自分なりに大学時代はしっかり学問をしたつもりだ。自分で関心のあるテーマを持ち、問題意識から問をたて、それを実証する。
学位を得られる高等教育の本来的な姿だ。
大学を離れて1年以上たって、こうした大学時代の自分のがんばりが不思議な形で証明されてしまった。大学の頃に書いた論文やレポートの文章が難しすぎて、読むのに難儀するからだ。
いや、ただ大学生の自分の文章が下手くそすぎるという可能性もあるわけだけれど、学問的体力が落ちた今、大学時代の自分の文章を難しいと感じているのは、当時の自分の文章が多少はアカデミアの世界に近づいていたからだと思う。
話を戻そう。いま自分は文章を書くことを仕事の主たる業務にしているが、この一年間は大学での4年間とはまるで正反対のことをしてきたと思う。
- 難しいことを、できるだけ平易な言葉に置き換えて説明する
- 複雑なことでも、できるだけ短く書く
- 論理的な文章より、説明を一部捨象してわかりやすく書く
上記のことは仕事上当然のことであり、それすら満足にできていない自分はまだまだ努力が足りないのだけど、同時に大学時代に訓練したスキルの維持管理をせねばならないと思った。
一番感じるのは、なにか事実を文章にするときの基本動作。
「その記述はあなたの言葉なのか、別のなにかからの引用なのか、引用であればどういった文献のどこか。そう書いた理由はなにかを書く」
「誤解される懸念を取り除くため、できる限り論理的に必要な用語を説明する」
こうしたことはもちろん仕事でも心がけているけど、主に「時間」「分量」の制約で限界がある。だから、本当の意味で満足はできないし、どこかで「わかっている人が読めばつっこまれるだろう」と思いながら文章を書いている。
なぜ学問的体力が落ちたか 落ちるのは悪いことか
学問的体力が落ちた理由は明快で、そもそも普通の社会人の生活と大学という高等教育機関でやるべきことはまるで違うことだからだ。
大学では好きなことだけ勉強していればいいし、成果物としてまとめる論文は自分の専門分野。そして読み手もある程度の知識を持った人で、書いている自分よりその分野に詳しい人であることも多い。
でも社会人のいま書いている文章は、決して自分の専門分野だけではない。ほぼ素人みたいなところもある。読み手はもっと違う。その文章を机に広げてマーカーを引きながら先行研究を参照はしない。日常生活の一部として一般の人に組み込まれているにすぎない。
後者のような文章を書いていれば、次第に学問的体力が落ちることは必然で、そもそも悪いことではないと思う。むしろより短くわかりやすい文章でエッセンスだけ伝えることは非常に大切なことだ。
だから今後もこの道でどんどん腕を上げていかねばならない。
でも、学問的体力が落ち、学術的研究に耐えうる文章を読み書きできなくなるのは、自分にとって本当に悲劇的な結末である。
大学時代に自分の力としたものが、急速に衰えていく。衰えるスピードはとても早く、なにも残らない。何も生まない。
虚無感と徒労感に覆われてしまった。
自分の尊厳…プライドを保つために学問的訓練を続ける
読めなくなった卒業論文を眺めたあと、ああ、やっぱり訓練しないとだめだ、と固く決意した。
あえて難しい文章を読む。あえて長い文章を読む、自分の興味関心のある分野を深めて、一人前になにか語れるようになる。
目標を持ちながら学び続けていく大切さに、すこし気付かされた
ということで、なんの目新しさもないけどやりたかった目標を立てることにした。卒業論文で仕上げた内容を見直し、改訂してここに共有することだ。
卒業論文は以前から書き直して自分の爪痕として残そうと思っていた。
主に
以上の点を考えながら、少しずつ取り組んでいきたいと思っている。
加えて、学術書、専門書を読み続けて、継続的な学問的体力の維持につとめていきたい。
やっぱり楽しい。将来的に学問の世界に戻れたら望外の幸せだ。